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旧吉田茂邸に
行ってきました

大磯城山公園は、国道一号線を挟んで、旧三井別邸地区と旧吉田茂邸地区に分かれています。その海側に旧吉田茂邸があります。

旧吉田茂邸再建される

大磯城山公園は、国道一号線を挟んで、旧三井別邸地区と旧吉田茂邸地区に分かれています。その海側に旧吉田茂邸があります。

吉田茂邸の歴史

学芸員の方から伺ったお話を、年表にしてまとめてみました。

明治17年
吉田茂の養父吉田健三が大磯に土地を購入し、別荘を建築
昭和20年
吉田茂が本邸として暮らし始める
昭和22年
応接間棟を増築
昭和36年
世界的造園家中島健により池泉回遊式の日本庭園が完成
昭和36年~昭和39年
吉田五十八の設計で京都の宮大工の手により、数寄屋風建物を増築
昭和42年
吉田茂死去
平成21年
火災により焼失
平成27年
再建工事がスタート
平成28年
完成
平成29年
一般公開

吉田茂が政界を引退した後も、多くの政治家が「大磯参り」を行ったそうです。晩年、この大磯の地から日本の政治にどんな影響を与えていたのか興味がわきました。

すでに、焼失前に吉田茂邸の保存のための計画があり、それに向けての計測等などがなされていた為に、焼失前の姿に再建できたと伺いました。

池泉回遊式庭園

池泉回遊式の庭園とは、大きな池を中心にその周囲に園路を巡らせて、池の中に設けた小島・橋・石で各地の景勝地を再現された庭園です。

和風庭園の先駆けとなる庭園で、四季折々の風情を楽しめ、素晴らしいと思いました。

近代数寄屋造りの邸宅

建築家吉田五十八が設計した数寄屋風建築です。吉田五十八は、金に糸目をつけず建物を作るので、しょっちゅう吉田茂と言い合いになったそうです。

画像 吉田茂邸金の間
吉田茂邸金の間
(大磯町郷土資料館提供)
画像 吉田茂邸応接間
吉田茂邸応接間
(大磯町郷土資料館提供)

建物の再建

昭和22年頃建てられた応接間棟、及び昭和30年代に吉田五十八が設計した新館をメインに再建したそうです。

再建するに当り、現代の建築基準法に従わないとならないので、スプリンクラー、排煙設備、防犯カメラ、エレベーターなど当時なかったものをいかに目立たせずに設置するか、という所に一番苦労したそうです。

再建費用5億円には驚きましたが、焼失前の建物を再現するように細かい配慮がされていることがよくわかりました。

建物の再建

昭和22年頃建てられた応接間棟、及び昭和30年代に吉田五十八が設計した新館をメインに再建したそうです。

再建するに当り、現代の建築基準法に従わないとならないので、スプリンクラー、排煙設備、防犯カメラ、エレベーターなど当時なかったものをいかに目立たせずに設置するか、という所に一番苦労したそうです。

再建費用5億円には驚きましたが、焼失前の建物を再現するように細かい配慮がされていることがよくわかりました。

旧吉田茂邸建物の中

旧吉田茂邸には測量図や室内の写真がたくさんあったようで、内装品や作りは当時のものとほとんど変わらず再建出来たと伺いました。その作りの素晴らしさ、また、門から庭園まで一体となった見事さに感動しました。

建物のいろいろな部分には、細かく手が加えられていていました。例えば、柱の角やなげしに面取りをして細かく見せる工夫をしたり、大磯の舟大工に依頼して作った浴槽が船の形にしたりしていました。

画像 吉田茂の足袋のオブジェ

吉田茂の足袋のオブジェ

ローズルーム(食堂)・金の間・銀の間・楓の間・書斎と、我々が通常感じる部屋の物理的スペース(広さ)が3~5倍あり、ちょっとした異体験ができました。

2階の眼下に広がる整備された景色、そして遠方に望める松林や湘南の海は圧巻でした。一部屋一部屋と、見る毎にため息が出る、まるで旅館のような、大きくて、明るくて部屋で寝ころがりたくなるような気持ち良さになりました。

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