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県立図書館生涯学習ボランティア活動のひとつとして、PLANETかながわに登録・掲載されている「おでかけ・施設情報」の中から、ボランティアさんが今「気になる」「行ってみたい」場所をピックアップして、みんなで実際におでかけをしてきました。

楽しく体験してきたことや学んだこと、気づいた様々なことを、ブログ形式でご紹介します。そういえば忘れていた「かながわ」の魅力を再発見!

澤田美喜さんの隠れた業績-澤田美喜記念館に行ってきました-

澤田美喜記念館は、大磯駅の目の前にあるエリザベス・サンダース・ホームの門をくぐり、『岩崎山』と呼ばれる山を80段登ったところにあります。

「ノアの方舟」をイメージした舟の形をしていて、落ち着いた雰囲気に心が和みます。2階は澤田美喜記念礼拝堂で、1階はコレクション展示室です。

昭和55年に澤田美喜さんが亡くなり、その遺志を受け、昭和63年に澤田美喜記念館が創設され、一般公開されたのは平成26年でした。

この記念館はエリザベス・サンダース・ホーム出身者の心の拠り所としての機能も有していて、祈りの為の礼拝堂や家族を持たず生涯を終えた方たちへの祈りの場でもあります。

澤田美喜さんの偉大な奉仕・社会貢献の業績

明治34年、澤田美喜さんは三菱財閥3代目岩崎久弥と妻寧子の長女として生まれました。

大正11年に外交官澤田廉三と結婚し、昭和23年、戦後の連合国軍兵士と日本人女性との間に生まれた混血児が捨てられていることに心を痛め、三菱財閥創業者岩崎家の別荘地を買い戻し、児童養護施設「エリザベス・サンダース・ホーム」を設立しました。

画像 魔鏡
魔鏡

その後、昭和28年、施設の子供たちの教育の場として、「聖ステパノ学園」という名で学校を設立しました。創始者として、また理事長として、子供たち2000人を育て、社会に送り出したという偉大な奉仕の姿に感銘を受けました。

現在60代以上の人々は「エリザベス・サンダース・ホーム」の施設の存在を良く知るところだと思いますが、今も継続して運営されていたとは、意外と思われる方も多いと思います。

また、澤田美喜さんのことについては、現在、小学校の道徳の副読本や中学校の英語の教科書でも、紹介されています。

隠れキリシタン遺物コレクション

その一方で、信仰心から隠れキリシタンの遺物を千点以上集めたそうです。本人がそれらによって力づけられ、なぐさめられた経験から、これらの遺物を守るべく、キリシタン記念館建設趣意書を書いて、世の多くの人々と先祖の宝を守っていきたいと表明しました。

実際に踏絵として使用された摩耗した踏絵や、表面に光が当たるとキリスト像が浮かび上がる魔鏡を拝見すると、当時の人々の信仰への強い思いを感じました。また、作成した人の技術の高さにも感銘を受けました。

画像 マリア立像
マリヤ観音立像

その他、隠れキリシタンがその信仰を隠すためにおこなった様々な工夫をこらした遺物(キリスト像・十字架・マリア像等)を、実際に目の当たりにすると、その受難の日々が想像され、胸が痛む思いになりました。

マリア様として拝めていた観音様を見つめていると、観音様がマリア様に見え、もしかしたらマリア様と観音様は同一人物では、と思えるほどでした。

行ってみて…

澤田美喜さんは真のボランティア精神に溢れた偉大な人でした。また、平和を愛し続けた姿がよくわかりました。そして、これほどのコレクションの蒐集と保存に注いだ想いに感銘を受けました。

多種多様なキリシタン遺物を、写真を含め、情報提供する事によって、歴史上の事実を実感することができれば、その遺志が引き継がれるのではないかと思いました。今回こうした機会に恵まれて、大変有難いと思いました。

画像 エリザベスあおばとクッキー
エリザベスあおばとクッキー

今回紹介した澤田美喜記念館の詳しい情報は、PLANETかながわをご覧ください

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